OCA TOKYO BLOOMING TALKS 017

日本よ、やさしくなろう

Released on 2021.11.12

OCA TOKYO BLOOMING TALKS

BLOOMING TALKS

自然体でテーマと向き合い、出会いに感謝し、相手を思いやりながら、
会話が咲く。笑顔が咲く。発見が花開く。

そんなコンセプトでお届けするOCA TOKYO限定のWEBメディア。
「BLOOMING TALKS」

新鮮な出会いと、魅力ある人たちの言葉を通じて、人生を謳歌するヒントを発信していきます。

新しいこの場所で、きょうも、はなしを咲かせましょう。

仲通りを自転車に乗って軽やかに現れたのは、OCA TOKYOメンバーの片平秀貴さん。ブランド育成の研究と支援を専門とする片平さんに、これからの企業、丸の内、日本の在り方について尋ねると、小手先の経営論ではない人間の本心に迫る話の数々を聞くことができました。

感じたことのない、学びの熱。

── 片平さんが主宰する「丸の内ブランドフォーラム」ですが、この活動のきっかけについて教えてください。 発端は、アメリカでMBAを教えていた頃の体験です。授業と並行して「超」がつくほどの有名企業の幹部たちがやってきて講演し、それを教授と学生が一緒に聞いて議論するという集まりが頻繁に開催されていました。学生(と言ってもほとんどが実務経験のある20代30代の男女ですが)としては、彼らの話を聞きたいのは当然ですね。ただ何よりも驚かされたのは、彼らが一切物怖じせず積極的に発言し、講演者らと対等にディスカッションを繰り広げていたこと。そこには、日本では感じたことのない“学びの熱”がありました。

── 日本だと学生はどうしても受け身になりがちですよね。 日本の大学では、講師が大勢の学生に向かって話し続ける、“いかにも授業っぽい授業”が行なわれているだけ。真面目に聞く学生も少ないし、学びの質も量も圧倒的に足りないように感じました。もっとアメリカで体験したときの学びの熱が、日本にも欲しい。そんな思いから1996年2月に「東大マーケティング・フォーラム(現:丸の内ブランドフォーラム)」を立ち上げたのが始まりです。

── 普段の活動内容は、どのようなものでしょうか? おもにブランドに関する講演会や各種企業間交流、共同研究などを行なっています。フォーラムは会員制で、所属しているのは社会人が60~100人、学生が30人ほど。講師をお招きして勉強することが多いのですが、お招きする方は、私たちが求める学びの熱につながるように、仕事に対するパッションを全面に押し出して、参加者とエネルギーの交換ができるような、目の輝いている方に依頼するようにしています。

ブランドの「生態系」が、変化した今こそ。

── 片平さんは「ブランド」をどのように捉えているか、改めて教えていただけますか? 私の考える「ブランド」とは、林の中の木とか、その周辺にいる動物のようなもの。つまり、生態系の中で「育つ」存在です。周囲の環境に合わせてどのように生き残っていくかを常に模索する必要があります。転じてブランドにとっての生態系とは、人々の頭の中のことです。人々が何を考え、何を欲しがっているのか。そう問い続けながら、自分の「芯」をしっかり持って環境が変化するたびに適応していくことが、ブランドに求められているのです。

── そういった意味では、昨今の新型コロナウイルスの流行は、人々の頭の中を大きく変えてしまったのではないでしょうか。 間違いなくそうですね。実は興味深い調査結果がひとつあります。私たちのフォーラムでは、定期的に「ブランド生態調査」という名目で約7,000人に対してアンケートを実施し「あなたが今好きなブランドとその理由」についてのデータを集めています。すると、コロナの影響が出る前(2020年1月)と影響下(2020年10月)での調査を比較すると明らかな違いが見られました。コロナ以前では、好きなブランドに対して「オシャレ」とか「かわいい」といった言葉が多く使われていましたが、コロナ禍では「安心」「信頼」といった類の言葉が入れ替わるように増加していたのです。

── 堅実なイメージを持つ企業や、社会の役に立つ企業が支持されるようになったのですね。 そう思います。ちなみに、コロナ禍での調査には「コロナについて」の質問を加えました。予想通り、大半はマスク生活のストレスや不安などのネガティブな回答が多く集まりましたが、その一方で、「コロナをきっかけに、地球や人類のために何が自分にできるかを考えるようになった」など、希望を抱かせるようなコメントが数えるほどですが見つかりました。こうしたキラリと光る言葉との出合いはとても嬉しかったですね。いずれにせよ、生態系、つまり人々の頭の中が大きく変わったと思います。ですから多くのブランドも、それを実感しそれに合わせて行動すべきだと感じています。

やさしく、オーセンティックに。

── 先行きが不透明な状況ですが、企業やブランドは、今後どのような方向を模索すべきでしょうか? 強く言いたいのは、特に意思決定をする地位にある人々が「やさしくなること」です。困っている人、弱っている人、頑張っている人に対して、できることをする。合わせて意識したいのは「オーセンティック(authentic)」かどうかということ。これは、言動や行動が「上辺ではなく、本心から来ているか」を表す言葉で、近年世界中の企業人から支持されています。やさしく、一人間として本心から出る(オーセンティックな)活動こそが、これからのブランドを強くする。そう私は確信しています。

── 具体的な事例はありますか? 最近だとマツダがアメリカで話題になりました。コロナ禍において地域のために貢献した人を推薦で募り、選ばれた50人にロードスターの100周年記念モデルを贈呈したのです。他にも医療従事者には無償でオイル交換を行なうなど、実に「やさしい」行為で、多くの人々から信頼と称賛を集めました。これらが影響してか、アメリカの情報誌「コンシューマーレポート」が2021年2月に発表した自動車ブランドランキングで前年首位のポルシェを抜いて初の首位に輝いたのです。

── 具体的な事例はありますか? 最近だとマツダがアメリカで話題になりました。コロナ禍において地域のために貢献した人を推薦で募り、選ばれた50人にロードスターの100周年記念モデルを贈呈したのです。他にも医療従事者には無償でオイル交換を行なうなど、実に「やさしい」行為で、多くの人々から信頼と称賛を集めました。これらが影響してか、アメリカの情報誌「コンシューマーレポート」が2021年2月に発表した自動車ブランドランキングで前年首位のポルシェを抜いて初の首位に輝いたのです。

── すごくいい取り組みですし、アメリカらしい話ですね。 アメリカにはこのように人を称賛する文化が根付いていますが、日本はどうでしょう? もっと見習うべきだと私は思います。日本にもそんな話がないわけではありません。ある記事で読んだ話ですが、たねやという近江八幡にある名門和菓子メーカーが、作り過ぎて余ったお菓子を無償で医療従事者などに提供した事例がそのひとつ。後日、数えきれないお礼の手紙やメッセージが届いたそうです。その際、たねやの代表は「売れなくて気持ちが沈んでいた時期だったが、食べた人を笑顔にできるという、和菓子づくりの原点に立ち返ることができた」と語っています。

── そういった情報が広がることで、社会的な評価が一気に高まりよすよね。 人々の好感度が上がり、ブランドが支持され、自分たちも誇りを持つことができる。売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」です。日本では古くから知られていますよね。いま日本の大企業の多くでは社会貢献の専門部署ができ予算が割り振られて担当の方が仕事として「さて何をしようか」という議論になっているようです。仕事としてではなく「一人間として」困っている人を助ける、地球の将来を心配する、そういう行動が求められているのではないかな。そこからしか社会の笑顔は生まれないのではないでしょうか。

笑顔の種火を灯す。

── 長年、丸の内という場所をよく知る片平さんは、この街にどのような展望を持っていますか? 以前は少しツンとした印象の街でしたが、今では様々な施設ができ、多様な人が行き交う心地良い街になりましたよね。ひとつの転機を挙げるなら、2009年に開業したパークビルの敷地内にある美術館の存在です。街のコアにアートがあることはとても重要で、銀座でも老舗の経営者の方は隣に歌舞伎座があることで「粋な街」の空気が生まれているとおっしゃっています。個人的なアイデアですが、次の一手として丸の内仲通りを「ミュージックストリート」にしたら良いのではと考えています。以前アメリカのナッシュビルで教えていたことがあるのですが、街にはオープンカフェが軒を連ね、その通り沿いで多くのストリートミュージシャンが演奏をしていました。しかもみんな、プロ顔負けの演奏。そんな通りが丸の内に生まれたらみんなが楽しい気分になれますし、新しい丸の内のスタイルになると思います。

── OCA TOKYOにはどのようなことを期待しますか? アートでもスポーツでもビジネスでも「ほんもの」の方々が集まる場がいいですね。私が尊敬する多くの「ほんもの」の方々は皆、「近寄りがたい」の逆でとても「やさしい」です。そのような方々と、これから「ほんもの」を目指す若手のメンバーが気兼ねなく交流し、いたるところで笑顔が生まれる、そのような場所になってほしいです。私は下町育ちだから、そんな人情を求める思いが強いのかもしれません。

── OCA TOKYOは「謳歌」「応化」といったコンセプトを持っています。これからの時代に応化し、人生を謳歌するために、どのような考えや行動が必要かお聞かせください。 私個人の話をしましょう。以前、「Creema(クリーマ)」というサイトで作家さんから木製スツールを買ったときのこと。とても気に入り、生まれて初めて作家さん宛てにコメントを書き込んだほどでした。丁寧に返事もいただきすっかり虜になってしまった私は、後日別のスツールを追加で購入。少し経つと「入金が500円多いので返金したい」との連絡がありました。私の手違いです。ちょっとした心づけだと思いその旨伝えたのですが、また何日か後にその方から小包が届き「よかったら使ってください」というメッセージとともに、素敵な手作りコースターが入っていたのです。

── そんな対応をされたら嬉しくなりますね。 おっしゃる通りです。これからの時代、人生を豊かにするために必要なのは、こうした体験ではないでしょうか。繰り返しになりますが、要するに「やさしくなろう」ということ。やさしさは、笑顔の種火であり、やがて大きな火となり世の中を循環します。その輝きや熱は、きっと多くの人を幸せにすると思いますから。

片平 秀貴

丸の内ブランドフォーラム

国際基督教大学卒業。2004年まで東京大学大学院経済学研究科教授、ペンシルベニア大学ウォートン経営大学院客員教授などを歴任し、1996年には、企業人と若手研究者の相互勉強組織「丸の内ブランドフォーラム(当時:東大マーケティング・フォーラム)」を創設。主宰として「社会に笑顔の循環をつくる」ため、様々なブランドの研究およびサポートに力を注いでいる。趣味はラグビー(2017年に引退してからは観戦に専念)。

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