OCA TOKYO BLOOMING TALKS 031

音楽に導かれて

Released on 2022.04.15

OCA TOKYO BLOOMING TALKS

BLOOMING TALKS

自然体でテーマと向き合い、出会いに感謝し、相手を思いやりながら、
会話が咲く。笑顔が咲く。発見が花開く。

そんなコンセプトでお届けするOCA TOKYO限定のWEBメディア。
「BLOOMING TALKS」

新鮮な出会いと、魅力ある人たちの言葉を通じて、人生を謳歌するヒントを発信していきます。

新しいこの場所で、きょうも、はなしを咲かせましょう。

OCA TOKYOメンバーでありピアニストの武村八重子さん。最近は演奏家としての活動のほか、経営者向けのレッスン、幼児知育、若手演奏家のプロデュースなど、指導者としても活躍中で、OCA TOKYOメンバー向けにレッスンもお引き受けしているそうです。そんな武村さんに、音楽に対する思いやご自身の活動の原動力についてお話をお聞きしました。

二度と演奏できないと思った。

── ピアニスト・音楽家として現在の活動を教えてください。 現在は、年3回、サントリーホールブルーローズでピアノコンサートを開催しているほか、音楽ユニット「LNoL(ルノル)」の活動で新たなサウンド表現にチャレンジしています。2019年には配信アルバム『Equanimity』をリリースしましたし、現在はセカンドアルバムの制作中です。国内外で活躍する7名のプロデューサー陣が参加してくださっていて今からとても楽しみです。作曲活動では、ニュース番組のテーマ曲やゲーム音楽をはじめ、長年にわたり秋田の老舗酒造のCM曲を担当させていただいています。

── ピアニストだけにとどまらず、指導者としても活動されていますが、指導者の道を切り開いたきっかけをお聞かせください。 大きな転機になったのは、29歳の4月に突然右手が動かなくなって演奏できなくなったこと。当時はコンサートも全盛期で、手が痛くても本番を乗り切らなくてはいけない状況でした。知る限りのお医者様に相談し、できる処置はすべて試しましたが、オーバーワークと言われるばかりで原因は不明…。2歳半から同じ練習を続けているのに「なぜ?」と、ひとり涙する日々でした。そして、すがる思いで医学的な文献や人体に関する本を読み漁っていました。そのときに、手の動きと脳との仕組みを知って、ピアニストの脳内で起こっていることを冷静に理解することができたのです。そうしたことがきっかけになって、ピアノの指導法を考えるようになっていきました。

── ピンチをチャンスに変えるように「武村メソッド」が生まれたのですね。少しだけ、脳科学に絡めながらそのメソッドをご解説いただけないでしょうか。 人間の体は多くの場合、目から情報をインプットして脳からの指令によって動きます。ピアノを弾く行為は、まさにこのメカニズムが基本で、上達するためには目の使い方がとても重要になってきます。つまり、どこに視線をやり、弾くという動作に意識を持たせるか。そこが1つのカギでもあるのです。これはピアニストとしても納得がいきますし、脳科学的にも理にかなっています。こうした根拠を他にも積み上げながら、ピアノが未経験の方でも半年あれば完璧にピアノ演奏ができるオリジナルの方法論に辿り着きました。

学者志望のピアニスト。

── 「武村メソッド」誕生の裏には、武村さんの深い探究心を感じます。 もともと小さい頃から本が大好きで、実は学者志望だったんです。大学院へ進んだのも、ショパンの思想や意図を論文にしたいという思いもあったから。この時代のクラシック音楽には社会的背景に基づいたロマンがあって、その普遍的な音楽と歴史の関係性は研究対象としてとても魅力的なんです。さらに当時の楽譜は当然手書きなので、書き間違いもあれば、楽譜の版によって音が違ったりもします。それらをひとつずつ紐解くのも楽しいだろうなと思っていました。そういった意味では、物事を探究すること自体が好きな性格なのかもしれませんね。

── 学者志望だったとは驚きました。勉強もお好きだったのですか? そこまで好きではなかったですが、勉強はしていましたね。おかしな話に聞こえるかもしれませんが、中学生の頃、ピアノの練習が過酷で勉強へ逃げる時期があって。暗記の量と質を比べても、明らかにピアノの方が大変で、当時はテスト勉強で覚えなくてはいけないことの方が圧倒的に少ないと感じていました。きっと小さい頃から熱心にピアノを習っていた人は共感してくれると思います。

── ピアノのレッスンで身につくことが、勉強に役立つこともありますか? とても役立つと思います。ピアノの場合、複雑な音楽記号や符号で緻密に計算された楽譜を暗記しなければいけません。作曲家の意図や心情も理解する必要もあります。また、鍵盤を打つ速度を指先でコントロールして音色を操るので、感覚的にも研ぎ澄まされていきます。暗記力、読解力、集中力が自ずと養われるので、子どもの潜在能力を引き出すという意味でもピアノレッスンは有効だと思います。

── ピアノのレッスンと聞くと、受験や勉強に直結しない「習い事」というイメージも強いと感じます。 そうですよね。特に日本の教育は音楽と勉強が遠いというか、別のカテゴリーになっている気がします。音楽を通じて育まれるものは、感覚的なことだけでなく、学力を伸ばす下地にもなると私は思っています。そういった音楽が持つ本来の可能性を知っていただけるよう、今後も活動を続けていきたいと思っています。

クラシックは、伝統芸能。

── 本日は、武村さんの大切にされている楽譜をご持参いただきました。 20代前半のウィーンに留学していた頃のものです。オレンジ色の楽譜は、ショパンの有名な幻想即興曲。先生から「クラシックは伝統芸能だから、ショパンが書いたもので演奏したら?」と言われ、現地で購入した『ウィーン原典版』です。実はこの原典版よりも先に流通した楽譜があるので、それをよく知る身としては、今まで使っていた楽譜と違う箇所が多くて驚いたことを覚えています。右の2冊は、ベートーベンのピアノソナタの1曲を私自身で製本したものです。使い込んでいてボロボロですが、どれも当時の思い出が詰まっています。

── 貴重なものをありがとうございます。こうした思い出のモノから、改めて何を感じますか? そうですね。いろんな記憶がよみがえりますが、やはりクラシック音楽の本場に身を置くことで、様々な本物に出会えたことは私の財産だと感じます。仕事仲間や教え子にも「本物を見なさい。本物を聞きなさい」とよく言うのですが、私自身もアーティストとして皆さんから本物だと感じていただけるよう、これからも技術や感性を磨き続けていこうと思います。

── 経営者の方、幼児、若きアーティストなど、ピアノを通じて幅広い方と向き合い続ける武村さんですが、その原動力をお聞かせください。 私の場合、右手が動かなくなっても音楽から離れることはありませんでした。きっとそういう定めなのだと自分でも思っています。茶道家の母からも「人には持って生まれた使命がある」と言われて育てられたこともあって、自分の使命を全うしたいという思いが強いです。何よりも自分の活動を支えてくれる仲間や教え子の存在には感謝しています。彼ら彼女らの素敵な演奏や上達していく姿が、私の背中を押してくれている。そのおかげで、今の私があるのだと感じています。

決めつけないから、吸収できる。

── 武村さんが人生を謳歌するために必要な意識や心がけを教えてください。 自分の常識を覆すような見たことのない世界やモノ、人と出会いたいと常に思っています。国内外問わず、知らない文化や自然に触れることはエネルギーになりますし、それらがきっかけで今までにないアイデアが浮かぶこともあるからです。音楽シーンでいうと、人気アーティスト「King Gnu」の常田さんが作る音楽に心を動かされましたね。彼は音楽理論を完璧にマスターした上で、クラシックでは禁忌とされる和音をあえて踏むなど、まさに常識を打ち破ろうとする意思を感じます。私自身も人やモノを柔軟に多面的に捉えられるように、固定概念を持たないでいたいと常々思っています。

── 最後にOCA TOKYOのお気に入りの場所を教えてください。 やっぱりピアノのあるOrchestraですね。よく公共施設やホテルのロビーにグランドピアノが置かれていますが、それを弾けるのは腕に自信のあるごく限られた人だと思うんです。一方Orchestraは防音機能がある個室なので、リフレッシュやレッスン目的で心置きなくピアノに触れることができる、プライベートクラブにあるべきピアノだと思います。好きなときにOCA TOKYOに立ち寄って、美しい音色を奏でながら、音楽のあるひとときを楽しんでいただけたら嬉しいです。

武村 八重子

ピアニスト

国立音楽大学附属音楽高等学校音楽科・ピアノ科卒業。日本大学芸術学部大学院博士課程修了。2000年ウィーン国立音楽大学夏期ディプロマを取得。CHANELピグマリオン初代アーティスト。2005年オーストリアで開催された第21回ショパン国際フェスティバルにて、世界6人のソリストに選ばれるなど世界的ピアニストとして活躍。2012年より独自のピアノレッスン「武村メソッド」を開発するほか、若手音楽家の育成プロジェクト「MUTIA」や、「KEYS MUSIC CLASS」を開講するなど指導者としても活動中。

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