SELECTED EVENTS 010

美味しさに、言葉を添えて

Released on 2022.05.06

3月24日に開催された、日本酒の「熟成」を探求するイベント「The Sake Quest」では、熟成された希少な日本酒を味わい、語らいながら、その奥深い魅力に迫りました。今回は、イベントでナビゲーター役を務めた株式会社Sake Business Laboratoryの鈴木更紗さんにインタビュー。お酒に対する思いや、言葉で味を届けることの醍醐味、熟成酒の楽しみ方などを伺いました。

株式会社Sake Business Laboratory鈴木 更紗

「SAKEというコンテンツで、世界を幸せにするビジネスをつくる」と標榜する株式会社Sake Business Laboratoryの共同創業者/副社長。世界最大のワインスピリッツ教育機関WSET®のLevel3 Wine and SpiritsとLevel3 SAKEの両方の資格を持ち、2017年よりWSET®認定Level3 SAKE Educatorとして英語で日本酒講師を務めるとともに、世界最高峰のコンペティションIWCにて、SAKE部門の審査員も務める。

熟成酒が内包する、時空の広さにも酔いしれてほしい。

── まずは、お酒の世界へ進むことになったきっかけを教えてください。 端的に言うとお酒が好きで、食べることも好きだから。そんな理由になるのですが、根底には、高校時代から抱いていた「世界を平和にしたい」という思いがあります。国際政治や国連の仕事にも関心がありましたが、最終的に自分の好きな飲食と、強みである語学力が生かせるところでも、世界平和へのアプローチはできるかもしれないと考えるようになり、ワインのインポーターの会社に入りました。その後、カミュ社でコニャックの仕事に携わり、Sake Business Laboratoryの立ち上げに参画。現在は、自分たちの知見やネットワークを生かした情報発信や販売戦略など、日本酒の価値や魅力を世界に届けるための様々な活動をしています。

── 鈴木さんの考える、食やお酒を通じた世界平和とは? 国や政治の単位でなくても「私はこの国に友人がいるよ」「あの国を旅して楽しかった」といった、個人的な思いが人それぞれにあると思います。一人ひとりの思いが、糸のように絡み合って世界が成り立っている。そう思えたとき、改めて異国の料理やお酒を味わうことの素晴らしさを感じたのです。異国のことを思い、信頼して、さらに言えば好んで食す。それってすごく友好的で、平和な時間が流れているように感じます。

── 鈴木さんが持っているWSET®とは、どのような資格ですか。 WSET®は、ロンドンに本部がある世界最大の酒類の教育機関で、そのメソッドを修得することで論理的に酒類を理解し批評することができるようになるというものです。私は、ワインと日本酒でLevel3の資格を持っていて、現在はWSET®認定の講師として、英語で日本酒のことを教えています。

── どのような思いで、お酒の味を言語化しているのですか。 すべてのお酒は試飲できないという前提を踏まえると、テイスティングすることなく味のイメージをわかりやすく伝えることは、味を言語化するプロフェッショナルの役割だと思っています。あとは、普段の食事の場面でも、単に「美味しいね」という言葉だけではなく、豊かな表現や知識を持つことで、素材のこと、香りや色、盛り付けなど、目の前の食事を色鮮やかな言葉で分かち合えるのではないでしょうか。アカデミックにお酒のことを教える立場でもありますが、本質的には、味を伝える言葉をたくさん持つことの豊かさを多くの人に知っていただきたいという思いで活動しています。

── お酒の味を他言語に通訳する際、どのようなことを意識していますか。 例えば「苦味」という言葉は日本人にとって、ネガティブなイメージがあるかと思います。しかし、ヨーロッパでは薬草を使った苦いお酒も数多くあり、ある種ポジティブに美味しさとして苦味を捉えている人たちもいます。ですから言葉の奥にある話し手の背景まで汲み取って通訳することはすごく意識しています。お酒の味を確かめ合う際に、話し手と聞き手の背景を理解しながら適切な言葉に変換して伝えることで、その場にいる人たちがグッと互いの理解を深め破顔する。そんな瞬間に立ち会えたときは、最高に嬉しいですね。

── 今回のイベントでは「日本酒の熟成」がテーマですが、このテーマの面白さや可能性について改めて教えていただけますか。 日本酒は、古いものよりもフレッシュな新酒が良いというイメージが強いかもしれません。しかし江戸時代まで遡ると、『本朝食鑑』という美食本には、酒は熟成することで味も香りも深まり尚良くなるという一文が残っていて、熟成された日本酒を高価なものとして親しんできた歴史があります。今回のイベントでは、なかなか入手しづらい秘蔵の熟成酒をご用意していただいたのですが、単に熟成酒の味わいを楽しむだけでなく、そこに内包している時空の広さも感じて酔いしれていただきたい。例えば20年前の熟成酒を飲みながら、20年前の自分を振り返り、また20年後の未来を語り合う。新酒とはひと味違うそんな楽しみ方で、豊かな時間を過ごしていただけたら嬉しく思います。

── 最後に「人生を謳歌する」ために、また「時代に応化する」ために大切だと思うことがあれば教えてください。 謳歌という意味で言えば、私自身、お酒を通じて様々な国を訪れ、たくさんの人や文化に出会い、食事をする機会をいただきました。そうした時間はきっと、人生の謳歌そのものだと感じています。また、時代に応化するという意味では、視点を変えて物事を見つめることが大切だと思っています。実は昨年、国産ワイン用のぶどうの樹から美容成分を抽出してスキンケア商品をつくるアースアンドユーという会社を夫と起業しました。主原料はぶどうの果実ではなく、剪定され捨てられていた枝葉の部分。これまでお酒の原料として接していたぶどうの樹ですが、これからは別のコンセプトでも向き合っていく。そうやって視点を変えることで見つかる新たな価値や世界の広がりに、心を動かしていきたいですね。

イベントでの様子。

希少な熟成酒の成り立ちを学びながら、それぞれの色、
香り、口当たりなどの違いを堪能しました。

OCA TOKYOでは「鮮烈に人生を謳歌する」をコンセプトに、皆さまの感性を揺さぶるイベントを開催しております。詳細はトップページをご覧ください。

Archives