OCA TOKYO BLOOMING TALKS 039

場の持つ価値と可能性

Released on 2022.07.01

OCA TOKYO BLOOMING TALKS

BLOOMING TALKS

自然体でテーマと向き合い、出会いに感謝し、相手を思いやりながら、
会話が咲く。笑顔が咲く。発見が花開く。

そんなコンセプトでお届けするOCA TOKYO限定のWEBメディア。
「BLOOMING TALKS」

新鮮な出会いと、魅力ある人たちの言葉を通じて、人生を謳歌するヒントを発信していきます。

新しいこの場所で、きょうも、はなしを咲かせましょう。

ホスピタリティ業界に長年携わられ、数々のホテルをプロデュースされてきたOCA TOKYOメンバーの浅生亜也さん。2016年には都心から軽井沢へ移住されるなど、ご自身の暮らしにおいても柔軟な考えと価値観を持って人生を謳歌されています。そんな浅生さんの考える「場」の持つ価値やその可能性とは。浅生さんのお話には、日本の観光業界の未来だけではなく、人の暮らしの豊かさにつながる多くのヒントがありました。

変わらないのは、お客様を起点に考えること。

── 浅生さんはピアノの演奏家として活動されていた頃に、最初はアルバイト先としてホテル業界に入られたと伺いました。 そうなんです。当時は大学を卒業してL.A.に住んでいたのですが、それまで音楽の勉強しかしてこなかったので、自然な流れで演奏活動を始めました。ただ、もっと日常的に社会や人とふれあう仕事がしたいと漠然と思っていて。そんなときにふと見つけたのがホテルスタッフの求人でした。日系人向けの新聞に、「日本語と英語ができる人募集」という求人広告が載っていて、これなら私にもできるかなと(笑)。最初は練習の合間の気分転換になると、軽い気持ちで飛び込んだのですが、意外にも毎日がとても楽しく、朝は職場に行くのが楽しみで、夜は家に帰るのが惜しいくらいにホテルの世界観にハマってしまったんです。最初は演奏家との二足の草鞋で働いていたのですが、結果として、だんだんホテル業界へとシフトしていくことになりました。

── どのようなポイントに楽しさや面白さを感じるようになったのですか? いろいろあったとは思うのですが、毎日フロントに立ちながら「このお客様にはどのようにこのホテルで滞在していただこうか」とあの手この手で考える毎日は楽しかったですね。考えてみれば、どんな場所で、どんな時期に、どんな方に、どんな演目で、どんな時間を過ごしていただきたいかを考えてコンサートを創るという、それまで取り組んでいた音楽活動でも同じことをしてきました。演奏家としての活動もホテル創りの仕事も、お客様を起点に場と時間の充実を考えるという意味では、詰まるところ一緒だったわけです。

── そんな浅生さんが2017年に創業したSAVVY Collectiveについても教えてください。 SAVVY Collectiveでは、既存のホスピタリティ領域だけでなく、ライフスタイルの領域までを含めた幅広いクリエイティブソリューションを提供しています。具体的には、ホテルや旅館、昨今ではワーケーション施設などのプロデュースからマネジメントまでを手がけています。創られるその場所が街に対して開かれ、人々の日常生活ともつながっていくようなソリューションを提案しています。
私がこの会社を立ち上げた背景には、もともと街のエコシステムの中で重要な部分を担っていたはずのホテルが、どんどん内向きになってしまっていることへの危機感や悲壮感があります。これからのホテルは、決して特別な場所ではなく、その土地のライフスタイルの中に溶け込む場所になっていく必要があると思っています。

── 最近手がけられたホテルプロデュースの中で、どういったアプローチをされたのかを伺える事例はありますか? もちろんすべてのホテルに思い入れがあってそれぞれ特徴もアプローチも異なるのですが、最近取り組んだ面白い事例で言えば、2021年4月に水道橋にオープンした「toggle hotel suidobashi」ですね。もともとはインバウンドの20代女性の方々をターゲットに、「何人かのグループでのお泊り女子会を楽しんでほしい」という発想からホテル創りが始まりました。すべてのフロアがそれぞれ色彩の異なるバイカラーになっているという、とても特徴的で思い切ったデザインのホテルです。奇しくもコロナ禍の影響を受けた開業になったのですが、国内の多くの女性グループのお客様に想定していたような過ごし方をされています。皆さん、それぞれのお部屋に合わせて、自身のファッションスタイルも楽しまれたりしていて、プロ顔負けの写真を撮ってSNSにアップされるんです。そこからクチコミが広がるという好循環にもつながっています。

心地良い場所は、そこにいる人たちから生まれる。

── 2016年に軽井沢へ移住されていますが、その決め手は何だったのでしょうか。 理由は2つあって、1つ目は仕事の関係からです。軽井沢で旧軽井沢ホテル(現在の旧軽井沢KIKYOキュリオ)の運営を手がけることになり、再生コンセプトも書き終わっていた頃、2~3週間ほど現地に滞在していました。町中のレストランや様々な施設を訪れて自分自身で顧客体験をして再確認していたのですが、実はそのときにあるレストランで印象的な出来事があったんです。というのも、ワインリストはびっくりするほど簡素なのに、サービススタッフ全員がソムリエバッチを付けているという、なんだか違和感のある風景でした。そのうちに理由が分かってきたのですが、ご予約のお客様が次々にワインを片手に入ってきました。このお店はお客様が持ち込まれるワインについての知識と抜栓経験が必須であるためにソムリエバッチを胸につけたスタッフをこれだけ揃えておく必要があったのですね。

── おもてなしや接客に対する、そのお店の意識の高さが伺えますね。 これを知ったとき、「あ、まずいな。この地域でホテルをやるには他の地域とは比較にならない相当に高いハードルがあるな」と。レストランの運営スタイルや価格帯、ワインの品揃えまで再考しなければならないと思いましたし、運営者としてもしっかり地域に入り込む必要がありそうだと思いました。もちろん、他の地域にあるホテルを軽視していたわけではありませんが、軽井沢という土地が持つ独特なマーケットとコミュニティの存在こそが、私が移住するに至った1つ目の理由です。

── では、2つ目の理由とは何でしょう。 もう1つは、個人的な体調が理由です。移住する前に住んでいたのは山手線のど真ん中だったのですが、ある頃から喘息がひどくなり、夜に眠れなくなってしまって。そんな中、仕事で軽井沢に来ている間はぐっすりと眠ることができている自分に気づいたのです。移住後、喘息が治ったことも驚きでしたね。軽井沢は標高が高く空気もキレイなのでよく眠れる場所とは聞いていたのですが、まさかここまで違うのかと身をもって知りました。

── ビジネス的な視点でも、暮らしやすさという視点でも、軽井沢は浅生さんに合っていたんですね。 そうですね。昔はいわゆる田舎暮らしにまったく興味がなかったですし、ずっと都会で育ったのですが、今は軽井沢での生活にとても豊かさを感じています。軽井沢だからだと思うのですが、地元コミュニティとの距離感が適度で、暮らす場所として居心地が良いんです。その要になっているのはきっと、軽井沢という地域コミュニティならではの人間関係や信頼関係ではないでしょうか。ソーシャルキャピタルが叫ばれるようになって久しいですが、軽井沢という地域とそこに住む人々の間には、まさにこの概念が強く根付いているように感じています。

リアルな場の価値が、見直されてきている。

── 2020年にはPerkUPを共同出資で起業されていますが、こちらではどういった事業を展開されているのでしょうか。 こちらはSAVVY Collectiveが手がける宿泊施設の運営事業とはまた別の視点で、ホテルやリゾート施設に“第4のオフィス”としての新しい役割を持たせられるのではないかという着想からスタートした新規事業です。この会社では法人の合宿・研修などを一括手配できる「コワーケーションドットコムco-workation.com」を運営しています。コロナ禍において、テレワークやワーケーションといった働き方が浸透しつつありますが、それはあくまでも個人の働き方の変化に過ぎません。ミーティングやチームビルディングなど未だに複数人やグループでの働き方には変化が少なく、実は場所の選択肢も探す手段もほとんどないんです。そういった顕在化しつつあった法人のニーズと全国各地のホテルやリゾート施設の空間のマッチング、加えてチームビルディングなどに必要なプログラムや講師、ツールなどの情報も一元化したプラットフォームとして、「コワーケーションドットコムco-workation.com」が動き出したわけです。

── オンラインコミュニケーションでは不十分だった、リアルな場でのやりとりの価値が見直されてきているということでしょうか。 その通りだと思います。アメリカのある調査では、1回の対面ミーティングは5回のオンラインミーティングに値して、それは10回の電話に値して、20本のメールに値するというデータもあります。対面でのミーティングやチームビルディングの機会は今後も必要でしょう。やはりリモートワークばかりだと、法人も社員もエンゲージメントに対する不安を抱えているケースがあって、行動制限が緩和された春ごろからサイトへの新規問い合わせが非常に増えてきていますね。

── では今後、浅生さんがチャレンジしていきたい、取り組んでいきたいことがあれば教えてください。 観光業という視点では、時代に応じて、「誰に来てほしいのか、どんな体験をしてほしいのか」という問いに常に応えられるホテルや旅館を創っていきたいですね。そもそも日本には、全国各地にそれぞれの風土にあったライフスタイルや日常があって、どれもとても美しいものです。そして、その土地ごとの暮らしや生き方に触れられる体験自体が、その地域に滞在する魅力にもなる。私たちが海外に観光しに行くときにも、多くの場合はその土地の食文化に興味があったり、囲まれている建築やライフスタイルに興味があったりするわけです。つまり滞在による“非日常”ではなく、その地域の“日常”に光を当てていくということ。その最たる例として成功している地域の1つが、個人的には軽井沢だと思っています。

ルールがないことは、上質な場であることの証明。

── 改めて浅生さんならではの視点で、場の持つ価値や可能性・重要性などについてお考えを聞かせてください。 場の持つ価値はやはり、その場から生まれる人と人とのつながりだと思っています。そしてつながりの質を高めるためには、居心地は大事。その場に敢えてルールがないことも、質の高い居心地を創り出す大切なポイントではないでしょうか。例えば、公共の施設やときにホテルや旅館でも、あれをしたらダメ、これをしたらダメ、あっちにも張り紙、こっちにも張り紙と、ルールばかりが目につくところがあります。それらは結果として、居心地の悪い場所になってしまいがちです。ここOCA TOKYOはそうなっていないですよね。「こういう人たちに来てもらいたい」というペルソナが明確で、その条件に当てはまる方々が実際に集まっていることが前提ですが、一人ひとりの「OCA TOKYOのメンバーとして選ばれている」という意識や自覚によって、ルールがなくとも心地よい場が自然に成り立ち、そして保たれているように感じています。

── 最後に、浅生さんの考える人生を謳歌するために大切にすべきことや、心がけるべきことを教えてください。 行動を躊躇しないことですね。具体的な行動は何でもいいと思うんですが、行きたいとか、食べたいとか、会いたいとか、思ったときに躊躇せずに行動できることが人生の謳歌にもつながっていくのかなと個人的には思っています。そういう意味では、すぐに行動できるエネルギーを持ち続けることも大切かもしれません。ちなみに私自身は、そのエネルギーを自然豊かな軽井沢での暮らし、OCA TOKYOでの友人との憩い、好きな音楽、美味しい食事などから得るようにしています。それらがバランスよく整っているときには、人生の充実を感じますね。

浅生 亜也

株式会社SAVVY Collective代表取締役CEO/PerkUP株式会社Co-Founder & CEO

南カリフォルニア大学音楽学部ピアノ学科卒後、演奏家として活動をする傍ら、ホテル業界へ。日本へ帰国した後、外資系ホテルグループでのホテル・サービスアパートメント運営経験などを経て、2007年にアゴーラ・ホスピタリティーズを創業。国内に13施設のホテル・旅館を展開した後、2017年に同社を退任し、SAVVY Collectiveを創業。ホテル・旅館の開発及びマネジメントを手がけながら、2020年にはAnyWhereとの共同出資でPerkUPを起業し「コワーケーションドットコムco-workation.com」を運営する。

Archives