SELECTED EVENTS 015

この先も、海と生きるなら

Released on 2022.09.02

プロサーファー、サメの保護活動家、救命士、海洋学者など、海を深く愛する9人の女性たちの日常と思いを追ったドキュメンタリー映画『SHE IS THE OCEAN』。OCA TOKYOでは7月21日、本作品の上映後にトークイベントを開催しました。今回はトークゲストである、海の哺乳類の研究者・田島木綿子さんにインタビュー。映画の登場人物たちと同様、海と生きる田島さんならではの視点で、様々なお話をお聞きしました。

獣医学博士・獣医師 田島 木綿子

国立科学博物館 動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。筑波大学大学院准教授。専門分野は、海棲哺乳類学、比較解剖学、獣医病理学。海の哺乳類に関する研究者として、イルカやクジラの進化の過程や身体構造の変化を比較形態学的に研究するほか、海岸に打ち上げられてしまう「ストランディング」という謎の現象を「病気」という観点から解き明かしている。

クジラも人も哺乳類。同じ仲間という気持ちが大切。

── まずは、本作品をご覧になった感想をお聞かせください。 すべての登場人物たちに共通していたのですが、どんな状況であろうと諦めないポジティブな姿勢に心を打たれました。特に私自身、海の哺乳類を研究対象にしているので、サメの保護活動をしているダイバーの女性にはシンパシーを感じましたし、海洋学者の「遅すぎると思わず、まだ間に合うと思って前に進むしかない」という言葉には、同じ研究者として勇気をもらいましたね。

── 田島さんは何がきっかけで、海の哺乳類に魅了されていったのですか? 獣医を目指していた大学生の頃に読んだ『オルカ 海の王シャチと風の物語』という小説がきっかけです。シャチは“クジラ殺し”という異名もあって、獰猛で怖いイメージがあったのですが、実は母型社会を形成して仲間で子を育てるなど、とても愛情あふれる暮らしをしていることを知ったんです。そんなシャチのギャップにすっかり魅了されて、それから海の哺乳類に対する関心が高まっていきました。

── 研究者として最も関心のあるテーマについて教えてください。 クジラやイルカなどが何らかの理由で海岸に打ち上がってしまう「ストランディング」という現象があるのですが、私はその原因を「病気」という観点で解き明かそうとしています。日本でも年間300頭くらいが報告されていて、私たちのような研究者が出向かないと粗大ゴミとして処分されてしまうんです。私としては、現地を調査したり、個体を解剖したりすることで、彼らからのメッセージを受け取りたいという思いもあって活動を続けています。

── それらの調査を通じてわかってきたことがあれば教えてください。 ストランディングの原因自体はケースバイケースですが、わかりやすいところでは、最近注目されている海洋プラスチックの問題に直面しています。特に日本では、2018年に鎌倉市内の沿岸に打ち上げられたシロナガスクジラの赤ちゃんの体内から発見されたことでマスコミでも話題に。その関連で言うと、マイクロプラスチックや環境汚染物質など、人間の影響によって海の生き物が脅かされている現実を痛いほど目にしています。

── 映画と同様に「海と生きる者」として、田島さんが伝えたいことをお聞かせください。 先に述べた深刻な状況のことも無視できませんが、まずは、海の哺乳類のことをもっと身近に感じてほしいと思っています。それこそ私が籍を置いている国立科学博物館をはじめ、全国各地の博物館へ行くのもおすすめです。「大きい!」とか「カッコイイ!」とか「これって本物?」などなど、まずは生物そのものに興味を持ってくれたら嬉しいですね。そこで今一度、クジラも人も同じ哺乳類であり仲間だということを考えてもらえたら。きっと彼らを知ることは、私たち人間を知ることにもつながります。そんなところから、きっと建設的なアクションが生まれていくのではないでしょうか。

── 海の哺乳類に詳しい田島さん自身は、彼らのことをどのように見たり考えたりしているのですか? 彼らは進化の過程で一度陸へと上がり、再び自らの意思で海へと戻っていったことがわかっています。そして、今でも哺乳類のまま、海で生きている。エラ呼吸の方が楽なはずなのに肺呼吸のままだし、卵ではなく赤ちゃんを産んで母乳で育てています。動脈硬化にもなるし、インフルエンザにも感染しちゃいます。そうやって彼らのことを知れば知るほど、同じ哺乳類として親近感がわくと同時に、彼らの「哺乳類をやめない意地」を感じます。変わり者で不器用で、意地っ張り。そんな生き方を含めて、今もなお興味津々の研究対象ですね。

── 最後に田島さんが、人生を謳歌するために大切にしていることを教えてください。 最近、特に感じるのは「初心忘れるべからず」という思いが大切だということ。私にとって初心とは、獣医を志した学生時代の、学びの道を探求していた純粋な思いとワクワク感。それが原動力となって、20年以上に亘る今の活動を支えていると思っています。日々の研究はとても地道ですし、解明できないことも多くて途方に暮れたりもします。それでも初心を思い出し、自分を問いただし、研究者魂に火を着けて、あくまでも淡々と目の前の事象を追いかけながら、新しい事実との出会いを楽しみたいと思っています。

トークショーの様子。

セミクジラのストランディング現場で活動する田島さん。

巨大なマッコウクジラをクレーンで吊り上げているところ。

田島さんの近著『海獣学者、クジラを解剖する。』にも、ストランディングの活動で日々奮闘する田島さんの日常が綴られています。

OCA TOKYOでは「鮮烈に人生を謳歌する」をコンセプトに、皆さまの感性を揺さぶるイベントを開催しております。詳細はトップページをご覧ください。

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