OCA TOKYO BLOOMING TALKS 55

完璧主義に穴をあける

Released on 2022.12.23

OCA TOKYO BLOOMING TALKS

BLOOMING TALKS

自然体でテーマと向き合い、出会いに感謝し、相手を思いやりながら、
会話が咲く。笑顔が咲く。発見が花開く。

そんなコンセプトでお届けするOCA TOKYO限定のWEBメディア。
「BLOOMING TALKS」

新鮮な出会いと、魅力ある人たちの言葉を通じて、人生を謳歌するヒントを発信していきます。

新しいこの場所で、きょうも、はなしを咲かせましょう。

アートと建築を軸に幅広いプロジェクトを手がけるOCA TOKYOメンバーのフェリエ肇子さん。肩書きが都度変わるほどの変幻自在ぶりで、その活動内容を詳しく知る人はごくわずか。そんな謎の多いフェリエさんに、事業を通じて関わるアートや、コレクター視点で捉えたアートが持つ魅力についてたっぷりとお聞きしました。

好奇心と情熱で、創造の扉を開け続ける。

── まずは、オフィス フェリエの事業内容とフェリエさんの役割を教えてください。 アドバイザー、プロデューサー、コンサルタント…。仕事によって肩書きも変化するので自己紹介が難しいのですが、私の役割はアートと建築にまつわる願い事を叶えるお手伝い、と表現できるでしょうか。それぞれの願い事に相応しいアーティストや建築家をご紹介するだけでなく、創造につながるアイデアや機会も提供しています。「こんなアートイベントを開催してみたい」「こんな作品が欲しい」「この土地に何かを建てて活用できないか」など、オーダーは様々。プロジェクトは都度最適なメンバーを集めてチームを作ってから進行させるケースもあれば、私が単独で対応する場合もあります。創造の現場の主役たちに寄り添う仕事であり、総じて「コーディネーター」という肩書きが一番当てはまるのかと考えていますね。

── 現在のお仕事のスタイルに至るまで、どのような経緯がありましたか? もともとアートが好きで少しずつ購入していました。偶然だとは思うのですが、少し経つと作品のプライスが上がったということがその頃に何回か起きまして「自分にはアートを見る目があるのかな?」と、妙な自信を持ってしまったのですね(笑)。その自信的なるものをきっかけに、企業や個人に向けた作品の購入アドバイスを始めました。ただし当初は小さなネットワーク内に限っていたので、そこからさらに外への発展を経験した、という意味では、アートフェア「G-tokyo」のディレクターを務めたことが転機だったと思います。さらには、その数年前に見た建築展から受けた衝撃をずっと抱えていたことも良い意味での”異変“でした。建築のコンセプトやストーリーを美術展として提示した手法の新鮮さに惹かれ、これをきっかけに「建築の分野でも仕事をしてみたい」と思うようになりました。ただ思うだけでなく、希望として積極的に周囲に伝えていましたね。そんな熱心さが功を奏したのか、少しずつ建築の案件に縁が生まれていきました。

── フェリエさんの情熱が周りにも伝わっていったのですね。 そうだといいなと思います。どんな仕事も、結局は携わる人たちの好奇心が最大の原動力です。新しい扉を開ければそこには必ずまた新しい扉があって、どんどん開けていくうちに仕事は前に進むし、人生も豊かになっていく。そこにさらに情熱が加わることで、文化や社会を変革するほどの創造をもたらすことができると考えています。

── 好奇心と情熱から豊かな創造が生まれる一方で、現代アートそのものを理解してもらえないケースもあるかとも思います。 おっしゃる通りです。それで言うと、あるクライアントさんとの面白い思い出があります。偶然食事会でその方と席が近かったのですが、初対面での会話で「現代アートが苦手」だと言われてしまって(笑)。「なんと、一体なぜ?」というところから少々議論に発展したのですが、またしばらくして再会したときに、すっかり現代アートファンに変貌していらしたのです。いくつかの契機から興味を持って、独自に見たり調べたりしているうちに考えを変えたとのこと。それこそが好奇心の力ですよね。「苦手だ」と感じていた現代アートにあえて興味を持って向き合うことで新しい知識や楽しみを増やしていく力。その後コレクションのお手伝いをしましたが、彼の柔軟な思考力と迅速な行動力には学ぶことが多くありました。

一人ではたどり着けない場所でも、チームでなら行ける。

── これまでに印象的だったプロジェクトを教えてください。 広島県福山市にある神勝寺の再生プロジェクト『禅と庭のミュージアム』です。茶室や伽藍が点在する禅寺の広大な境内に、アートと建築の魅力を取り入れながら、ミュージアムというコンセプトを全体に組み込むという斬新で壮大な試みでした。既存の庭園や伽藍を活用する一方で、ミュージアムの象徴として新しく建設されたのが彫刻家の名和晃平さんと彼のクリエティブ・プラットフォーム「Sandwich」が設計したアートパビリオン《洸庭(こうてい)》です。数多くのリサーチや挑戦を結集して生まれた優雅な建築ですが、内部では光のインスタレーション作品を体験できるようになっています。建築のような彫刻のような規格外の大作品と言えるでしょう。またデザイン、ランドスケープ、フードなど様々な分野で活躍するクリエイターたちを迎えての協働が、禅に親しむための文化施設とその新しいコンテンツづくりを可能にしました。

── プロジェクト進行にあたって特に面白かったのはどんなことですか? 作り上げていく過程そのものが終始刺激的でしたね。既存の美術館の建物の改装が当初の依頼だったのです。ところが打ち合わせと対話を重ねていくごとに徐々に視点が変わり、構想が膨らみ、ブレーンも増えて…。その分時間もかかりましたが、このプロジェクトに携わる誰もが忍耐強く大きな目標に向かうようになっていきました。計画の進行中は、お施主さんをはじめ、チーム全体の好奇心にずっと火がついた状態だったように記憶しています。だからこそ次々に新しいアイデアが生まれましたし、場がダイナミックな展開に満ちていた。まさにチャレンジの連続でした。

── こうして聞いているだけでもメンバーのエネルギーが伝わってきます。 一番最近のイベントについてもひとつ紹介させてください。シャンパーニュブランドの「ペリエ ジュエ」が主催したディナーです。今年はブランドの象徴であるアネモネのモチーフがエミール・ガレによってボトルに描かれてから120年を数えるアニバーサリー・イヤーでした。この120年前のコミッションワークを記念してアーティストの諏訪綾子さんをお迎えし、彼女とのコラボレーションにより、アートとシャンパーニュの宴を3夜に亘って開催しました。花結い師Takayaさんによる生花のヘッドドレスを纏ったパフォーマーたちのパフォーマンスと諏訪さんのテキストリーディングを中心に、ベル エポックから未来への五感の旅が演出されたのですが、ブランドの新しい試みがゲストの皆さんに大好評でした。

photo:Yuu Murata

── 多様な人たち、そしてプロジェクトに携わられている印象ですが、チームで仕事をするうえで心がけていることはありますか? プロジェクトの立ち上げ段階といった、視界不良なスタート地点から携わることも多いので、道のりが長い場合は文字通り山あり谷ありを体験します。それでもゴールまで完走することが最重要事項ですが、その間に現場がハッピーでいられるようにと心がけています。ベストな成果のために自身の考えを明確に伝えることは必須である一方で、チームの意見にも耳を傾けて、それらをできるだけ取り入れたい。このバランスが大事ですよね。私は白黒はっきりさせたがり屋なので、グレーゾーンの必要性に後から気づくこともあります。きっと、多様な個性が集まる場では、押したり引いたりのバランスが取れているとハッピーな雰囲気が維持できるのではないでしょうか。そして、最初から最後まで一人で動くことも多いフリーランスだから余計にそう感じるのかもしれませんが、チームワークには発見が多い。一人では到底辿り着けない場所に導いてもらう機会に恵まれて、そんなナビゲーターたちのおかげで今の自分があると思っています。

現代アートは、壮大な美術史の流れの一部。

── フェリエさんは、アートのどのようなところに魅力を感じているのでしょうか? ひとことで言うと、歴史と未来。私は美術史専攻なのでもともと古典に興味があるのですが、古典の未来に位置する現代アートという捉え方がとても好きです。どの作品も壮大な世界美術史の流れの中に位置しています。古典作品を見て、それが後世の動向や作品にどう参照されたのか、あるいは逆にいま制作されたばかりの作品が美術史上の作品とどのように接続しているのか、そんなふうに深読みするのは面白いですし、次に「この作品は今後どんな展開を見せて、いかなる評価を受けるのか」と未来をイメージすることもできる。歴史と未来の間に立って自由に解釈しながら想像の遊びを楽しめるのが、現代アートの魅力のひとつだと思っています。

── アートを「点」ではなく、時間という「線」で見ているイメージですね。 線でもあるし、地層のようでもありますよね。例えば100年前の作品もその時代においては“現代アート”でした。時代ごとの“現代アート”の膨大な地層の上にいまの“現代アート”が存在している。地層は過去の環境やその変化の記録だし、そして大抵の場合必ず連続して堆積していく。また、西洋美術史ではヌードの意味について学びますが、近代までの裸体画は女性が圧倒的多数でした。その例や理由はここでは語り切れない深いテーマなので割愛しますが、こうした歴史があってこそ生じた疑問が現代の多くの優れた作品に昇華しています。過去の偏った視点も、また反発の歴史も、あるいは日々の出来事の変化も、次に生まれる作品へのバトンです。時間の線の上から眺めると、現代アートの見方もまた少し変わって来るかもしれません。

── OCA TOKYOにもアートがたくさん置かれていますが、どのような印象を持たれましたか? アートは自然に日常的に“そこにあること”が理想だと心から思います。例えば、学校には必ず図書室があってそこでいつでも本に出会えますよね。OCAには満遍なくすべてのスペースにアートがあるからそれとなく視界や意識に入ってきます。目にした作品に今日は何も感じなくても、明日は違うかもしれない。そのようにさり気なく誘う仕掛けが心憎いなと感心しています。

── オンラインでもアートが楽しめたり売買できたりする時代ですが、リアルでアートにふれることの価値をどう考えますか? オンラインはいつでもどこでも作品を見ることができて発信する側と受け手側との双方にとって便利だし、デジタルならではの楽しみ方もあるので、リアルを超える利点も多いかもしれません。ただ、アートを見る醍醐味のひとつに「スケールの体感」があることは忘れたくない。迫り来る大画面や立体のずっしりした量感、逆に極小の作品の繊細さは実際に見て初めて感動するものです。自分の身体に対象が直接アクセスしてくる感覚ってありますよね。例えば、OCAの吹き抜けに設置された椿昇さんの立体作品は、ここで実物を見ないと大きさがよくわかりません。それから「作品を見るために、あるいは手に入れるためにわざわざそこへ足を運ぶ」という行為は、オンラインのスマートさとは別世界の人間臭い楽しみだと思いませんか? リアルだからこその記憶や思い出もとても貴重な気がします。

完璧じゃなくていい。だからこそ、謳歌できる。

── OCA TOKYO使い方やお気に入りの場所を教えてください。 今は週1くらいのペースで利用していて、仕事をするほかに、ゲストのおもてなしのために7階のレストランを使っています。好きな場所は、6階Book Barの一番奥にある窓際の席。外の景色を見ながらのリラックスタイムも最高に快適です。

── OCA TOKYOで企画してみたいことはありますか? アートにあふれた空間ですし、肩ひじ張らない過ごし方が似合う場なので、よりカジュアルにアートを語り合う会を開いたら楽しそうな気がしています。皆さんはどんなアートが好きなのか、あるいは苦手なのか(笑)、その理由は何なのか、すべてに興味がありますね。

── 最後に、フェリエさんが人生を謳歌するために大切にしていることは何ですか? 私は意外と完璧主義なところがありまして、完璧に仕上げたいと頑張り過ぎて無駄に疲れてしまったりするのですが、それでは人生を謳歌する余裕が生まれません。そこで解決法として“完璧主義に穴をあける”ことを意識しています。これはかつて専門家に教えてもらった話なのですが、ペルシャ絨毯はあの精緻な文様の中のどこかに必ずわざと間違いを入れて織られるそうです。完璧なのは神様だけだから、というのが理由だそうですが、素敵なエピソードですよね。

── どんなことをきっかけにそれを意識するようになったのですか? 夫に教えてもらったのだと思います。完璧主義って聞こえはいいのですが、自分だけでなく周囲も疲れさせてしまいます。力を抜いて生きるには、時には誰かに大いに任せることも大切で、それはその誰かを信用することから始まります。神ではない不完全な人間どうし、支え合って作るかたちのない柔らかな世界。謳歌とは、そんな完璧ではない世界にこそ存在するのかもしれません。アートの解釈と同様に、人生に完璧な答えなどありませんから。

フェリエ 肇子

オフィス フェリエ 代表

アートコレクターであった経験を活かし、現代アート作品購入のアドバイス業務を中心とするオフィス フェリエを2002年に設立。2010年より建築家との協働も開始、アート・建築・デザインなど異なるクリエイティビティや環境を繋ぎながら、個人および企業と共に多様なプロジェクトを手がけている。

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