SELECTED EVENT 020

未知との出会いを謳歌する

Released on 2022.12.23

ニューヨークに暮らすアートコレクターの老夫婦を追ったドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』。OCA TOKYOでは11月8日、本作品の上映後にトークイベントを開催しました。今回はトークゲストの一人である、タグチアートコレクション共同代表の田口美和さんにインタビュー。映画を鑑賞して改めて感じたこと、現代アートに対する自身の思いなど、様々なお話をお聞きしました。

タグチアートコレクション 共同代表 田口 美和

2013年頃よりタグチアートコレクションの運営を父から引き継ぎ、精力的に国内外の展覧会、芸術祭、アートフェアなど多数訪問。各地の美術館の要請に応じてコレクション展を開催するほか作品の公開にも努める。2019年、一般社団法人アーツプラス現代芸術研究所を立ち上げ、現代アートに関する日本と海外の情報ギャップを埋めるべく、セミナーなどを中心に普及活動も開始。

互いの価値観を理解する「触媒」としての現代アート。

── まずは、映画『ハーブ&ドロシー』について改めて感想をお聞かせください。 数年ぶりに鑑賞しましたが、当時とはまた別の意味で印象に残りました。今はハーブさんや何人かのアーティストの方もお亡くなりになっていますので、スクリーン越しに生きている姿を拝見できて嬉しかったです。当時のアートシーンの記録という意味でも、貴重なドキュメンタリー作品だと感じました。

── 印象的なシーンはありましたか? ハーブさんが「なぜあの作品を飾らないのか?」という質問に対して「作品はいつも頭の中にある。見える・見えないに関係なく、あるだけで幸せだ」と答えていて、それに続くドロシーさんも「本があってもいつもは読まない。でも、そこにいつもある。それと一緒よ」というシーンです。私自身がアートコレクターでもあるので、とても印象的でした。映画で描かれていた通り、膨大なアート作品で囲まれて暮らすご夫婦の、アートに対する深い愛情を感じました。

── ハーブ&ドロシーでは、コレクションする際に「お給料で買える値段」「小さなアパートに収まるサイズ」というルールがありました。田口さんもコレクションをする基準のようなものがありますか? まず、サイズに関する制限はないですね。比較的大きなものが多いと思います。あとは、オークションで高値が付くような有名な作品を入手するのではなく、現在注目が集まっている若手や中堅アーティストの作品を購入するよう意識しています。現在600点ほどの作品を所有していますが、そのうち35%くらいが国内の作品。そのバランスを保ちながら、世界各国の作品をチェックしています。特に最近では、ラテンアメリカやアフリカの現代アートシーンが面白いですね。

── 独自に美術館を設立せず全国の美術館に作品を提供するスタイルなのも、何かお考えがあるかと思います。 そうですね。そもそも日本には世界的に有名な建築家が手がけた美術館が数多く存在しますよね。一方で、現代アートを所有している美術館が圧倒的に少なくて。ですから私たちは、作品というコンテンツを貸し出して、多くの人たちに見てもらうことを使命としています。地方の美術館はもちろん、「デリバリー展」と称して小学校で展示を開くなど、都会より地方、大人より子どもという方針で、現代アートにふれる機会をつくるべく活動をしているところです。

── 子どものうちから現代アートにふれることの重要性についても教えてください。 大人と違って、子どもは“耳”で鑑賞しません。つまり、知名度や金額といった情報を抜きに、素直にアートと対峙できます。また、感性が柔らかいうちにたくさんの作品にふれることは、今後世界で活躍できるアーティストを輩出する上でも重要だと思っています。例えば、MoMAやTATEなどの著名な美術館は、連日多くの子どもたちであふれています。しかも美術史の教科書に出てくるような名品をいつでも見ることができる。対する日本の子どもたちは、アートを見る感性はあるのに見る機会がない。そんな土壌でアーティストを目指すのは、単純に不利ですよね? 国内のアートシーンを底上げしたい。そんな意味でも私たちは、子どもたちに現代アートを見る機会をつくりたいのです。

── 田口さん自身にとって、現代アートとはどのような存在なのでしょうか? 現代アートの話ができると、相手のバックグラウンド、社会的地位、国籍や年齢も関係なく、誰とでも対等につながれる感覚があります。あと作品に対する解釈は自由であり、たとえ見解が違っていたとしても、その違いを理解し、共有し、世界を広げることができる。言論によって互いの正義を主張すると争いになることも、アートなら思いを伝えることができる。本当に摩訶不思議ですよね。実際に私自身、アートを通じてたくさんの学びと素晴らしい出会いを経験することができました。ですから私は、アートが持っている、人と人とをつなぎ、互いの理解を促進させる「触媒」としての力を信じているのです。

── 最後にOCA TOKYOには「鮮烈に人生を謳歌する」というコンセプトがあるのですが、田口さんの考える「人生を謳歌する」ために大切だと思うことがあれば教えてください。 例えば、1つの作品を見て「イヤだな」「わかんないな」「気持ち悪いな」といった否定的な感情を覚えることもあるかと思います。でも実は、そんな作品ほど重要な出会いだと私は捉えています。ネガティブに感じてしまうくらい、強烈な刺激を放つもの。敢えてそこに飛び込むことで、新しい気づきやワクワクに出会えることも多いわけです。きっと人生を謳歌するためのヒントは、そういった自分の経験が通じない、理解できない出会いの中に潜んでいるのかもしれないですね。

タグチアートコレクションが所有する作品は、全国各地の美術館を巡ります。写真は2017年の群馬県立現代美術館で開催された「THE ART SHOW」。

アート・ディーラーの塩原将志さんとのトークセッション。「アートはソサエティを越えられる“合鍵”であり、現代美術に関わることは、新しいアートの歴史をつくる一員になること(塩原)」という言葉が印象的でした。

OCA TOKYOの皆さまのために、映画『ハーブ&ドロシー』を手がけた佐々木めぐみ監督からビデオメッセージが届きました。「お二人の夫婦愛、アートに対する情熱的で純粋な愛、アーティストとの真摯な友情。この3つのラブストーリーが描かれています(佐々木)」

OCA TOKYOでは「鮮烈に人生を謳歌する」をコンセプトに、皆さまの感性を揺さぶるイベントを開催しております。詳細はトップページをご覧ください。

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