OCA TOKYO BLOOMING TALKS 058

倫理で世界に問いかける

Released on 2023.02.10

OCA TOKYO BLOOMING TALKS

BLOOMING TALKS

自然体でテーマと向き合い、出会いに感謝し、相手を思いやりながら、
会話が咲く。笑顔が咲く。発見が花開く。

そんなコンセプトでお届けするOCA TOKYO限定のWEBメディア。
「BLOOMING TALKS」

新鮮な出会いと、魅力ある人たちの言葉を通じて、人生を謳歌するヒントを発信していきます。

新しいこの場所で、きょうも、はなしを咲かせましょう。

晴天の東京丸の内に颯爽とやって来た大型バイク。乗っていたのは、OCA TOKYOメンバーの海野裕さん。ひとしきりバイク談義に花を咲かせた後、ご自身の研究テーマである「倫理観」について様々なお話をお聞きしました。お仕事だけでなく、趣味も含めて哲学的なパーソナリティに迫ります。

バブル期の“もの売り”競争で目撃したもの。

── まずは海野さんが代表を務めるインターテクストの事業について教えてください。 ひとことで言えば、企業のマーケティング支援をする会社で、私自身もマーケットインサイトやアナリティクスを強みとして、商品開発、事業開発、ブランディング戦略、広告戦略などのお手伝いをしています。領域も様々で医療、ヘルスケア、芸術振興、地方振興などのプロジェクトが動いていますね。また、長年「倫理観」をテーマにした研究や調査をしており、今後のビジネスと倫理、社会と倫理について考察を続けているところです。

── 海野さんはいつごろから「倫理観」を意識するようになったのでしょうか? 思い返してみると、私がまだ博報堂でマーケティングの仕事をしていた1990年代まで遡ります。当時はあらゆる規制も緩く経済に勢いもあって、とにかくガンガンものを売ることで世界中が競い合っている時代でした。当時、特に自分にとって印象的であり「倫理」を問うきっかけになったのが、1990年代後半にアサヒビールの商品、スーパードライを中国へ展開しに行ったときの出来事です。

── キリンビールが一人勝ちしていた日本で、爆発的にヒットした商品ですね。 その通りです。スーパードライの大きな特長は、キンキンに冷えた状態で味わうキレのあるのどごしです。そして、その味わいを再現するための徹底した鮮度管理と優れたサプライチェーンこそ強みでした。ところが、上海ではその味わいを届けることに苦戦します。なぜなら1990年代当時、上海の人たちはビールを冷やして飲む習慣がなかったからです。飲食店でも売店でもビールは常温で売られ、飲まれていた。つまり、スーパードライを美味しく飲むための文化がなかったわけです。

── 冷たいビールを飲まない国で、冷たいビールを飲ませる…。非常に難易度が高いお題ですね。 時を同じくして、世界最大の飲料水メーカーであるコカ・コーラ社が上海へと進出してくるのですが、彼らの行動に私は現地で戦慄しました。彼らは上海にある飲食店や売店に次々とコカ・コーラのロゴが入った赤い冷蔵庫を置きまくっていったのです。冷やして飲まない文化などお構いなしで、迷いなく商品を売るパワーに圧倒されましたね。それと同時に何らかの違和感を覚えました。これは果たして良いことなのか…? そんな問いが、私の中に芽生えました。いわゆる「倫理」への目覚めですね。

── “飲まぬなら 飲ませてしまえ ホトトギス”のような世界ですね。 まさに。ずいぶん青臭いことを言っていると思う方もいらっしゃるかもしれません。商品を売る世界は、優勝劣敗の過酷なものですし、企業の経済活動とマーケティングは、切っても切れない関係なのも事実なわけで。しかし私という個人にとっては、例えが悪いですが“もの売り”という局地戦で、絨毯爆撃を受けたような衝撃だった。このことをきっかけに仕事においても「企業側の正義よりも生活者の倫理を優先させたい」「企業が薦める商品よりも、生活者が本当に欲しい商品を届けたい」という思いが、腹の底から強くなっていきました。

日本人は、倫理観で世界をリードできる。

── 海野さんは独立後、2005年から本格的に倫理観に関する研究と調査を行なっていますが、具体的にどのようなことをしてきたのでしょうか? ざっくり言うと、倫理観を定量化するプロジェクトです。古今東西のあらゆる倫理観を洗い出して25のコンセプトにまとめ、それらについて共感できるかどうかを定点的に調査しています。いくつか例を挙げると「父母を敬う」「和を重んじる」「他者を尊重する」「嘘をつかない」など。調査当初は25でしたが、現在は33のコンセプトにまで広がりました。やはり人間関係だけでなく、人間と地球、人間と未来といった具合に倫理の領域が拡張しているのだと言えます。

── 倫理観を定量化することは、相当難易度が高いと感じます。そこにこだわる理由があれば教えてください。 やはり自分がマーケターでありリサーチャーなので、数字にすることの意味やこだわりは強く持っています。例えば、メディアを通じてよく耳にする「最近の若者は倫理観がない」という主張。私からすると「それって本当?」と、まず問いたくなる。社会における倫理観の低下がすべて若者に起因しているなんて、どう考えても乱暴じゃありませんか。本当に倫理観は棄損されているのか? 毀損されているとしたならばどこが棄損されているのか? そのあたりを定量化することで、初めて建設的な議論ができると思うのです。裏を返せば「昔は倫理観が強くて良かったのに」という話に着地するのが嫌いな質で…(笑)。もちろん、定量化が不可能な領域があることや、個人の洞察や分析が重要な場面があることも経験上理解しているつもりです。

── 研究対象としての「倫理観」の、海野さんが感じる面白いところを教えてください。 倫理とは、倫(コミュニティ)における理(ことわり)のことなので、コミュニティによってその実態も異なってきます。ただ、いわゆる生活における心得や人間関係のルールといった領域で、世界各地でかなり似通った部分もあるのが倫理の面白い側面です。例えば「父母を敬う」「思いやりを持つ」「物を大切にする」といったことは、国境や文化を問わず人類が共有できる価値観ですよね。

── 調査の中でわかってきた興味深いデータがあれば教えてください。 まず倫理コンセプトへの共感性は年代が上がるほど高いことがわかっています。また「お天道様が見ている」といった、超越者の視点を設定できる人も倫理的であると言えます。最近では、10代・20代の特に女性が、自覚的に倫理的であるというデータも出てきました。ある種、若者たちも彼ら彼女らなりの倫理で社会や大人たちを冷静に見ているとも言えますね。そして最も気になるのが、個人としての倫理性が、法人に反映されていないという現実。個人の倫理よりも会社の正義が重んじられている。そんな構造に強く課題を感じています。

── 冒頭のコカ・コーラの販売戦略エピソードが甦るようなお話ですね。 あのときの違和感に似た感覚を、日本の企業にも少なからず覚えるのです。先のワールドカップでもゴミ拾いをするサポーターや、ロッカールームをきれいにする日本代表チームへの称賛が話題になるように、日本人は倫理性の高い一面を持つ民族です。21世紀型の技術開発や市場開拓においては出遅れていると感じますが、倫理という観点ならば、日本は世界をリードできるのではないかと思うので、私たち個人が持つ倫理性あるいは善性を企業活動にも反映できたらと常々思います。

── 倫理観の高い日本企業を創造するために何が必要だと思いますか? これは非常に大きなテーマです。正直、私にも手に負えませんが、ヒントは2つあると思っています。その1つ目が、カルティエが志向する「ホールパーソンカンパニー」という姿です。これは“全人格的企業”という意味で、あたかも人格を持った一人の人間のように企業を捉え、評価する価値観です。いわゆる企業の“ミッション・ビジョン・バリュー”の記述とは似て非なる考え方です。そもそもカルティエにステートメントは存在しないですから。無形でも継承できるからこそ、ホールパーソンなのでしょう。企業理念を言語化して終わりではなく、もっと高次元で個人と企業、企業と社会が関与し合うカタチだと思っています。

── 2つ目のヒントも教えてください。 2つ目は、企業に最高経営責任者という意味のCEO(Chief Executive Officer)だけでなく、最高倫理責任者(Chief Ethics Officer)という新たなCEOを置くこと。これは哲学者のマルクス・ガブリエルの主張で、個人的にとても共鳴する考え方です。これらをヒントに、何が必要なのかを見つけたいので、私自身も企業の倫理をポジティブに変革させていくようなプロジェクトのお手伝いがきれば幸せですね。

── 例えば、どのような分野に力を入れていきたいでしょうか? 私はクラシック音楽が大好きで、東京フィルハーモニー交響楽団の賛助会員も務めさせていただいていますので、ゆくゆくはオーケストラのために働けたら嬉しいですね。世界的なパンデミックが起きたとき、次々とコンサートが中止になり、多くの演奏家が不要不急だと言われ、しばし行き場を失いました。彼らの仕事やクリエイションは、本当に不要不急なのか? このときに頭をよぎったのもやはり倫理観です。倫理が作用して社会が動く。そんな世の中にしたいと思いを強くした次第です。

オートバイと、古代文字に魅せられて。

── 大きく話が変わりますが、海野さんのプライベートについてもお話を聞きたいので、まずは今日乗って来られたオートバイについて教えてください。 愛車はBMW R nineT Pureという大型バイクで、空冷二気筒エンジンとカラーリングに惹かれて乗っています。ボディの色にちなんで『碧』と名づけました。仕事の合間に気分転換で走らせることが多く、最近は東京ゲートブリッジがお気に入りです。走りながら東京全域を見渡せるのですが、不思議なことに車から見るのとは雲泥の差があって、毎回涙が出そうなくらい感激しています。オートバイは、心の底から素晴らしい乗り物だと思いますね。

── オートバイに乗ることの、ある種スリリングな魅力も感じていますか? もちろん、危険な乗り物であることは百も承知です。それでも惹かれてしまうのは、死の気配を感じさせるがゆえに生を輝かせてくれる、そんな存在だからではないでしょうか。全神経を解放して自分の手足で操縦する感覚はたまらないですね。そして、最近気づいたことがあります。オートバイは、神様と一緒に遊べる乗り物ではないかと。ちょっと何を言っているかわからないかもしれませんが(笑)、そのくらい夢中になっているので、もしOCA TOKYOのメンバーにバイク好きな方がいれば、ぜひ一緒にツーリングを楽しみましょう。

── あとは、古代の漢字をモチーフにした「書」の世界にも夢中だと伺いました。 そうなんです。殷墟(いんきょ)から発掘された3300年前の中国の古代文字や、文字の起源に着目して、文字のような絵のような墨象アートを描いています。私はこの領域を『KANJIGRAPH』と名づけているのですが、その土台になっているのは、漢字学者の白川静さんの研究です。ちょうどBook Barに白川先生の「字統」「字通」「字訓」という有名な辞書があるので、それを見ながら説明させてください。

── ずいぶん分厚い辞書ですね。ぜひ解説をお願いします。 例えば「明」という漢字。普通の教科書で習っただけだと「日」と「月」で「明るい」という意味だと思いますよね。でも、だとすると「日」よりも「月」が大きいのはなぜか? という疑問も残るはず。文字の成り立ちまで遡ると、実は「日」じゃなくて「窓」を意味する「冏(ケイ)」という文字なんです。すなわち、窓から月の明かりが入ってくる様子からできたのが「明」という文字。おそらく、古代の人からすると月って神秘的ですごく明るい存在だったと思うんです。

そして最近、私が書にした「明」がこちらです。この作品は、昨年10月に京都府知事賞をいただきました。現在アーティスト活動は2年ほどですが、還暦までには海外展開を夢見ています。

2つの「時間」を、最大限に楽しむ。

── 海野さんはOCA TOKYOに対してどのような印象をお持ちですか? 正直なところ夢のような場所だと思っています。OCA TOKYOは“セレンディピティは、必然である。”というメッセージを発信していると思います。そんなことを言えるのは、本当に素敵なメンバーがいるからこそだと感じますね。特にクロス・フィロソフィーズの吉辰桜男さんとの出会いはこの場所ならではだと感じています。彼の記事を読んで強く惹かれましたし、とても良い刺激を受けましたね。

── 普段のOCA TOKYOの使い方を教えてください。 週2回ほどのペースで顔を出していますが、よくいるお気に入りの場所はBook Barです。仕事の打ち合わせなどでも使いますが、イベントにも夫婦で顔を出しますし、ベーゼンドルファ―のあるOrchestraで小さな音楽会を開くなど満喫しています。最近だと1月に、マーケティングに関するトークイベントを開くことができました。その節はありがとうございました。もしかするとこの場所の恩恵を、最も被っている夫婦かもしれないですね。

── 最後に海野さんの考える「人生を謳歌する」ために大切だと思うことがあれば教えてください。 時間を大切に思うことです。私たちは、やがて死にゆく生き物ですから。古代ギリシャでは「クロノス」と「カイロス」という二人の時の神様がいます。クロノスは「流れていく時」を司る神で、カイロスは「やがて訪れる時」を司る神、別の言い方をすると「チャンス」の神様です。OCA TOKYOは、まさに時間の質を高めてくれるチャンスにあふれた場所だと感じています。普段は麻生十番で職住近接のライフスタイルですが、これからもこうしてOCA TOKYOに身を置くことで、流れていく時間や訪れるチャンスを最大限楽しみたいですね。

海野 裕

株式会社インターテクスト 代表取締役

株式会社博報堂のマーケティングプラナーを経て、2001年に株式会社インターテクストを設立。高度な問いを立てる哲学シンキングを実践し、幅広い領域でマーケティングインサイト&アナリティクスから戦略的指針を組み立てる仕事に従事。プライベートでは、妻と保護猫とオートバイをこよなく愛するほか漢字の起源となる古代文字から着想する墨象アート『KANJIGRAPH』のアーティストという顔も持っている。

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